【開催レポート③】「豊かな学びを創るー探究・学習エコシステム・SCHOOL SHIFTー」

開催報告
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【開催レポート③】『SCHOOL SHIFT3』刊行記念プログラム「豊かな学びを創るー探究・学習エコシステム・SCHOOL SHIFTー」

探究学習をどう広げるか?小さな実践の積み重ねが学校文化を変える(トークセッション&Q&A)

SCHOOL SHIFT 3』刊行記念ウェビナーのレポートも、いよいよ最終回を迎えました。

第1回では、宮田純也氏の講演をもとに「マルチステージ型の人生」に合わせた授業SHIFTの必要性を、第2回では、田中茂範先生の講演をもとに、社会と教室をつなぐ「学習エコシステム」の理論と、実践で進化する「リビングカリキュラム」の設計思想についてお伝えしました。

第3回となる今回は、ウェビナーの後半に行われた宮田純也氏と田中茂範先生によるトークセッション、および参加者からの質疑応答(Q&A)セッションの模様を詳細にお届けします。 前半の講演で示された壮大な理論や概念を、制約の多い実際の学校現場でどのように実践し、探究学習として定着させていくのか。教員の役割や評価のあり方、専門学科の可能性など、現場の先生方が直面するリアルな課題に対する具体的な議論が交わされました。

自由度と構造化のバランス:探究学習を成功に導く条件

トークセッションの冒頭、宮田氏から「過去にも優れた教育実践の理論(例えばジョン・デューイの経験主義など)はあったが、なぜそれが全国の学校現場に広く普及しなかったのか」という本質的な問いが投げかけられました。 これに対し、宮田氏自身は「これまでは日本社会の構造(人口増大・右肩上がりの経済など)が安定志向の教育を求めていたからだ。しかし現在は、予測不能な経済状況や人口減少など、社会構造が不可逆的に変化しており、教育をシフトしなければならない『必然性』がかつてなく高まっている」と指摘しました。

では、探究学習を学校現場で成功させ、一過性のブームではなく学校文化として定着させるためには何が必要なのでしょうか。田中先生は、探究学習が普及するための重要な条件として、以下の3点を挙げました。

  • 校長の深い理解とコミットメント
  • 現場を牽引する強力なリーダー(ミドルリーダー)の存在
  • それらを支える協力的な教師陣のチームワーク

生徒たちは本来、探究的な活動に対して「面白い」「やってみたい」という純粋な内発的動機を持っています。しかし、その動機を形にするためには、教員側がただ放任するのではなく、探究のプロセスを見通した「フレームワーク(型)」や、学習の到達点となる「ビジョン」を明確に示すことが不可欠です。

議論の中で両氏は、「探究学習において最も重要なのは『自由度と構造化の絶妙なバランス』である」という点で強く合意しました。生徒を完全に自由放任(丸投げ)にするものでも、逆に教員が過度に管理し、手順をすべて構造化(マニュアル化)してしまうものでもありません。フィンランドやシンガポールといった教育先進国の探究事例を見ても、生徒の自由な発想を担保しつつ、道に迷わないための適切なガイドやナビゲーション(構造化)を教員が行うことが、探究の質を高める鍵であることが確認されました。

デジタルを活用した「形成的評価(プロセス評価)」へのシフト

探究学習の導入において、現場の教員が最も頭を悩ませるのが「評価」のあり方です。ペーパーテストのように一律の点数をつけにくい探究活動を、どのように評価すればよいのでしょうか。

この課題に対し、田中先生は「結果(プロダクト)だけを見る総括的評価から、学習のプロセスそのものを評価する『形成的評価』へのシフトが急務である」と提言しました。

形成的評価を実現するための強力なツールとなるのが、デジタルポートフォリオや教育AIの活用です。生徒が日々入力する振り返り(ジャーナリング)や活動の記録をデジタルデータとして蓄積し、AIを用いて分析することで、生徒一人ひとりの見えにくい成長過程や思考の変容を可視化することが可能になります。参加者のアンケートでも、「キャリアパスポートのようなものをデジタルポートフォリオとして活用し、生涯学び続けるベースにしたい」という共感の声が寄せられました。

しかし、田中先生はここで重要な釘を刺しました。 「AIは、あくまで教員の意思決定を支援するための『豊かな資料(エビデンス)』を提供する役割に留めるべきです。AIが弾き出したデータに頼り切るのではなく、そのデータをもとに生徒と対話し、最終的な解釈や個別のフィードバックを行うのは、生身の人間である教員の役割です」 デジタルテクノロジーは探究を支援する強力なインフラですが、評価の最終的な責任と、生徒との血の通った関係性構築は、決して手放してはならない教員の専門性であることが再確認されました。

出版から1か月で重版になった
『SCHOOL SHIFT 3』の内容を
基にした講演

専門学科(農業・工業・商業など)が「学びのハブ」になる可能性

トークセッションでは、地域社会との連携という観点から、普通科だけでなく「専門学科(農業、工業、商業など)」が持つ大きなポテンシャルについても熱い議論が交わされました。

専門学科は、地元の産業や自然環境、伝統文化と密接に結びついており、もともと実学を通じた「探究的な学び」との親和性が極めて高い領域です。例えば、地域の高齢化問題や気候変動、農業の担い手不足といったリアルな社会課題に対し、高校生が専門知識を活かして解決策をプロトタイプしたり、行政に政策提言を行ったりする事例が全国で生まれています。参加者からも「専門高校の学びをどのように価値づけるか、社会の中で生徒たちの疑問を大切に学びを展開していきたい」という声が上がりました。

しかし、既存の学校制度や社会的な評価(偏差値偏重など)において、専門学科の価値が十分に認識されず、そのポテンシャルが活かしきれていない現状があります。

宮田氏は、「専門学科こそが、真の探究学習を実現できる場になり得る」と強く主張しました。 「単なる資格取得や技能習得を目的とした『教室に閉じ込める教育』から脱却すべきです。地元の産業や地域住民、企業、大学と積極的に連携することで、専門学科の学校が『ラーニングエコシステム(学びの生態系)』の中核を担うことができます。そうすれば、学校は単なる教育機関を超え、地域活性化のハブ(結節点)となり、地域と学校双方の持続可能性を高めることができるのです」

「教えすぎない」勇気と、小さな実践の積み重ねが学校を変える

「教育のSHIFTを、周囲の教員や学校全体にどう理解させ、浸透させていけばよいか」という参加者からの切実な質問に対し、田中先生は「まずは成功事例を実際に見せる『観察学習』が入り口になる」と答えました。

しかし、見せるだけでは不十分です。「生徒自身が実際にテーマを探究し、その成果を教室の中だけでなく、実社会(オーセンティックな場)で発表し、外部の大人から承認を得る経験を積ませること。生徒がイキイキと変わっていく姿を見せることが、他の教員の心を動かす最大の力になる」と強調しました。

そのためには、教員自身のマインドセットの転換が必要です。田中先生は大学での自身の経験を振り返り、「教員が『教えすぎない』こと、そして生徒を信頼して『時間と自由』を与えることの重要性(半学半教の精神)」を説きました。生徒が自分なりに調べ、表現できる余白(場作り)を提供することで、彼らの主体的な意欲が引き出されます。教員の役割は「教え込むこと」ではなく、生徒が学びを発表し、相互に評価し合える「環境をオーケストレートすること」へと変わっていくのです。

そして、学校改革を進めるための最も重要なアプローチとして、宮田氏と田中先生は「いきなり大規模な制度変更やシラバスの全面改訂を試みるのではなく、小さな実践を積み重ねること(スモールステップ)」の有効性で完全に一致しました。 福井県立若狭高校などの成功事例を挙げ、「目の前にある小さな課題、できることから一つずつ解決していく継続的なプロセスが、結果として振り返った時に大きな変革(SHIFT)に繋がっている」と宮田氏は語りました。

総括:未来の「授業」を創造するために

全3回にわたりお送りした『SCHOOL SHIFT 3』刊行記念ウェビナーレポート。今回の議論を通じて、これからの学校教育が向かうべき方向性が明確になりました。

第一に、「教育パラダイムの転換」です。「機械の時代」の収束型教育から、「人の時代」のマルチステージ型人生に合わせた発散型教育へのシフトが不可欠です。学校は知識を伝達するだけの場所ではなく、自ら問いを立て、知恵を創造する場へと進化しなければなりません。

第二に、「学習エコシステムの構築と授業SHIFT」です。学校を地域や社会に開かれた「学びのハブ」と位置づけ、多様なステークホルダーと連携する。そして、その中心となる教室では「リビングカリキュラム」や「MAPの原理」を取り入れ、教員が伴走者となって生徒の探究を支援する「授業SHIFT」を起こすことが求められます。

第三に、「教員自身のアップデートと実践の継続」です。AI時代において、評価のあり方(形成的評価)や教員の役割(ファシリテーター)は大きく変わります。しかし、だからこそ「教えすぎず、生徒を信頼する」という人間的な関わりがより重要になります。いきなり学校全体を変えようとするのではなく、目の前の教室で、一人の教員ができる小さな実践を積み重ねていくこと。その行動の連鎖が、やがて強固な学校文化となり、豊かな学びの生態系を築いていくのです。

「学校という組織は概念に過ぎず、実際に教育を動かしているのは教員一人ひとりの日々の実践である」という宮田氏の言葉通り、未来の授業を創造するのは、他でもない現場の先生方です。本ウェビナーのレポートが、日々の授業づくりに向き合うすべての教育関係者の皆様にとって、未来を切り拓くための「実践の羅針盤」となることを心より願っています。

登壇者紹介

田中茂範 先生(慶応義塾大学名誉教授・PEN言語教育サービス代表)

コロンビア大学大学院博士課程修了(1983年教育学博士)。茨城大学助教授、慶應義塾大学教授を経て現職。専門は言語論、意味論、教育論。探究活動やPBL、SDGs、AIと教育にも精通する。慶應義塾大学では多数の博士論文指導を担当。JICA語学諮問委員会座長、ベネッセ教育総合研究所ARCLE名誉理事等を歴任し、現在は一般社団法人探究推進機構参与、一般社団法人学創機構アドバイザー等を務める。
意味論や言語教育に関する著書は100冊を超え、30年以上にわたり文科省検定教科書の編集責任者を務める。近年は探究、思考、AI、学習エコシステム等に関する論稿の発表や講演を精力的に行う。現在は複数の中学・高校で探究活動のアドバイザーや実際の授業を担当。理論と実践に裏打ちされたオーダーメイドのカリキュラム・教材開発に定評があるほか、ENSAPIA研究所にてAI時代における人間や教育のあり方を言語論の立場から発信している。

宮田純也(一般社団法人学創機構 代表理事)

1991年生まれ。早稲田大学高等学院、早稲田大学教育学部 教育学科 教育学専攻 教育学専修卒業、早稲田大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。大手広告会社などを経て独立後、日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」と「株式会社未来の学校教育」の創設、約2億7千万円の奨学金の創設、通信制高校の設立に関わるなど、プロデューサーとして教育に関する企画や新規事業を実施。2023年には「未来の先生フォーラム」と「株式会社未来の学校教育」を朝日新聞グループに参画させ、子会社社長を務めた。現在はこれまでの実績をもとにして一般社団法人学創機構(旧:未来の先生フォーラム)代表理事、学校法人宇都宮海星学園理事、横浜市立大学特任准教授を務めるほか、新潮社『Foresight』等のメディアにて学校教育に関する論考の寄稿やフジテレビ系『Live News イット!』、BSテレ東『日経モーニングプラスFT』、TBSラジオ『荻上チキ・Session』にも出演。
単著に『教育ビジネス-子育て世代から専門家まで楽しめる教育の教養-』(クロスメディア・パブリッシング)、編著に『SCHOOL SHIFT』・『SCHOOL SHIFT2』・『SCHOOL SHIFT3』(明治図書出版)、監修に『16歳からのライフ・シフト』(リンダ・グラットン,アンドリュー・スコット著:東洋経済新報社)